要約: 期待値コントロール

本コラムでは、「期待値コントロール」という仕事を進める上で重要な技術について述べる。期待値コントロールとは、自分の想定と相手の期待をすり合わせることで、手戻りを減らし、望ましい成果物を得るための技術である。

期待値コントロールには、受け手と送り手の二つの側面がある。受け手の期待値コントロールは、抽象的な依頼に対して自分なりの想定を先に示し、認識のズレを防ぐ技術である。送り手の期待値コントロールは、依頼する際に成果物の内容や粒度、期限を事前に明確に伝えることで、取りまとめの負担を減らす技術である。

両者はいずれも重要だが、実際には仕事の内容についてより多くの情報を持っているのは受け手であることが多い。そのため、組織やプロジェクトが大きくなるほど、受け手の期待値コントロールが特に重要になる。受け手としての期待値コントロールを磨くことは、将来送り手の立場になったときの仕事の質を高めることにもつながる。


期待値コントロールという考え方

第1回のコラムでは、「期待値コントロール」という話をしたいと思います。

ここで言う期待値コントロールとは、自分自身が想定している期待値と、相手が自分に対して持っている期待値を、できるだけ一致させるための技術のことです。

まず、この期待値コントロールの話をする前に、なぜそのようなことを意識する必要があるのかという背景から説明したいと思います。それは一言で言えば、**「仕事ができる人だと思われるため」**です。もちろん、「仕事ができる人だと思われたいかどうか」は人それぞれだと思います。ただ、仕事ができる人だと思われることには、非常にプラクティカルなメリットがあります。

具体的には、より大きな責任を任される、より大きな権限を与えられる、より多くのチャンスが回ってくる、といったことが挙げられます。

では、「仕事ができる人だと思われる」とは、どういう状態なのでしょうか。それは、多くの場合、相手が持っている期待値を超える成果やパフォーマンス、成果物を出してくる人のことを指します。

例えば、

  • 自分が想定していた以上のクオリティの成果物が出てくる

  • 自分が想定していた以上のスピードで成果物が出てくる

こうした経験をすると、人は自然に「この人は仕事ができるな」と思い、次もまた仕事をお願いしようとします。

このことから分かるように、仕事ができる人だと思われるためには、期待値を超えることが重要です。そしてその前提として、自分と相手の間で、期待値がどこに設定されているのかをきちんと把握し、調整する技術が必要になります。それが、今回話したい「期待値コントロール」という考え方です。

期待値コントロールには、大きく分けて二つの側面があります。それは、受け手の期待値コントロールと、送り手の期待値コントロールです。まずは、受け手の期待値コントロールの話からします。

受け手の期待値コントロール

何か仕事を引き受けるとき、自分なりの想定している期待値を、先に相手に示すことで、受け手としての期待値コントロールを行うことができます。例えば、私自身のケースで言うと、上司や関係者から、ある種類の資料作成をお願いされたときに、

  • 自分がその仕事にどれくらいのリソースを割くつもりなのか

  • どれくらいの時間をかけて作ろうと思っているのか

  • いつまでに成果物を出せると考えているのか

  • これまでにお互いに共有してきた、どの成果物をベースにするのか

  • そこに、どのような内容を盛り込もうとしているのか

といったことを、仕事を受けるタイミングで伝えるようにしています。これにより、相手の期待値と自分の想定をすり合わせることができます。

手戻りを減らすという実利

この受け手の期待値コントロールの、まず大きな目的は、手戻りを減らすことです。

例えば、3日間、あるいは1週間かけて作成した成果物が、相手の考えていた方向性とまったく違っていた場合、その作業はほぼゼロからやり直しになります。こうした手戻りは、時間的にも精神的にもコストが高く、できる限り避けたいものです。そのためにも、受け手として事前に期待値をコントロールすることが非常に重要になります。

時間とクオリティの期待値を合わせる

また、相手が期待している時間軸成果物のクオリティと、自分が出そうとしているものを合わせることも大切です。

  • 「とりあえず必要な書類」であれば、そこまで時間をかける必要はない

  • 一方で、相手が非常に重要だと考えている資料であれば、それに見合ったエフォートや作業時間を確保する必要がある

このように、相手の期待と自分の投入リソースを調整することが、受け手の期待値コントロールです。受け手として、

  • 相手の時間的な期待

  • 成果物の内容・クオリティに対する期待

を事前にコントロールすることで、ミスマッチを防ぎ、より適切な成果物を出すことができるようになります。これが、期待値コントロールの一つ目の側面である、「受け手の期待値コントロール」です。

受け手の期待値コントロールが活きる場面

この受け手の期待値コントロールは、さまざまな場面で発揮することができます。例えば、

  • 研究成果の発表を求められたとき

  • ある講演会で講演を依頼されたとき

  • 研究分担者としてプロジェクトへの参加を依頼されたとき

  • プロジェクトに対する外部評価で、新しい指摘を受けたとき

などが挙げられます。これらに共通して言えるのは、送り手からの依頼が、抽象的な形で与えられることが多いという点です。つまり、「何を、どのレベルで、どこまでやることを期待しているのか」が、最初から明確に定義された状態で依頼が来るケースは、実はそれほど多くありません。

そのため、依頼を受ける側としては、「どういったアクションを期待されているのか」
を完全に把握した上で仕事を引き受けることは、現実的には非常に難しい場合が多いのです。だからこそ、受け手として、こうした抽象的な依頼に対して、自分なりの具体的なFirst Guess(最初の案・方向性)を示すことが重要になります。最初に自分の想定を提示し、それに対して相手の反応を得ることで、期待値のズレを早い段階で防ぐことができます。これが、受け手として期待値をコントロールする、ということの本質です。

送り手の期待値コントロール

受け手の期待値コントロールに対して、期待値コントロールの二つ目の側面が、送り手の期待値コントロールです。これも同様に、手戻りを減らし、自分が望んでいる成果物を得るために使う技術になります。

例えば、研究室の主催者やプロジェクトの代表者という立場になると、その研究室やプロジェクト全体の成果を取りまとめ、発表しなければならない機会が増えてきます。

私自身は研究室主催者という立場ですが、これがセンター長であれば研究センター全体の研究活動をまとめることになりますし、学長であれば大学全体の成果をまとめることになります。立場がどこまで上がっても、人に依頼し、成果物を集め、それを取りまとめるという役割は、避けて通ることができません。

送り手として必要になる視点

人に何かを依頼し、アクションを起こしてもらい、その成果物を受け取って取りまとめることを考えたとき、自分が望んでいる成果物を、できるだけそのままの形で受け取ることが重要になります。そこで必要になってくるのが、送り手の期待値コントロールです。例えば、誰かに報告書やプレゼンテーション資料の作成を依頼するときには、

  • いつまでにその成果物が欲しいのか

  • どのような内容を含めてほしいのか

  • どのようなメッセージを伝えたいのか

  • どの研究内容を中心にしてほしいのか

といったように、自分なりの期待値を事前に示す必要があります

期待値を示すことの効果

こうして事前に期待値を示しておくことで、自分が想定している成果物に近い形でアウトプットが返ってきます。その結果、取りまとめにかかる負担を大きく下げることができます

一方で、不幸なパターンは、期待値を示さないまま仕事を依頼してしまう場合です。
この場合、自分が望んでいたものとはまったく違う成果物が上がってくることがあります。そうなると、

  • 自分自身で成果物を作り直す

  • あるいは、もう一度依頼し直す

といった対応が必要になります。しかし、この「依頼のし直し」は、時間的にも心理的にもコストが高く、依頼する側・される側の双方にとってアンハッピーな状況にであり、できる限り避けたい事態です。

より多くの仕事を取りまとめる立場になるほど、「仕事をお願いする側」、すなわち送り手になる場面は増えていきます。そのような時こそ、送り手としての期待値コントロールが、ますます重要になってきます。

なぜ受け手の期待値コントロールがより重要なのか

以上を踏まえると、受け手の期待値コントロール送り手の期待値コントロールは、仕事を進める上でどちらも重要な技術であることが分かります。それを前提とした上で、最後にもう一歩踏み込んで、それでもなお、受け手の期待値コントロールの方がより重要になる場合が多いという話をしたいと思います。

情報量や解像度は、受け手の側にある

多くの場合、対象となっている仕事や研究について、より高い解像度の情報を持っているのは、受け手の側です。つまり、実際に手を動かしている人の方が、現場の状況や細かな制約条件をよく理解しています。例えば、私は現在、ムーンショットプロジェクトで約30人の研究代表者を束ねて、プロジェクトを運営しています。しかし、各研究代表者が、

  • 具体的にどのような研究をしているのか

  • どのような成果物が出てきているのか

  • 現在、どのような状況にあるのか

といった点については、当然ながら、各研究代表者の方が私よりも多くの情報を持っています

受け手が期待値を示してくれると何が起こるか

そうしたPIの成果物を束ねて発表しようとするとき、私は送り手として、

  • 「研究成果をまとめてPowerPointにしてください」

  • 「報告書として整理してください」

といった依頼を出すことになります。このとき、受け手の側から、

  • 何枚くらいのスライドで作ろうとしているのか

  • どのような構成・粒度の成果物を想定しているのか

といったことを示してもらえると、取りまとめの負担は大きく下がります

実際、ムーンショットでは、京都大学の舩冨先生、千葉大学の久保先生、東北工業大学の小野先生などは、期待値コントロールを非常に正確に行ってくれるという印象があり、結果として、とても仕事がしやすいと感じています。何か新しい方向で研究を進めようとするときにも、実際に動き出す前に、

  • どのような方向性を考えているのか

  • いつ頃までに、どの程度のものができそうか

といった認識のすり合わせを、受け手の側からコントロールしてくれるわけです。

組織構造上、送り手は常に情報不足になる

一般に、送り手の立場にある人は、より多くの情報を処理しなければならず、依頼先も多岐にわたることがほとんどです。先ほどの例では、私はプロジェクトマネージャーとして送り手の立場にいましたが、同時に、研究センターでは一人の教員として、受け手の立場になることも多くあります。

センター長から何か依頼を受けたときには、「自分としては、こういう内容・こういうスコープで進めようと思っています」という形で、受け手として期待値コントロールをかけていくことが重要だと思って仕事をしています。なぜなら、送り手の側は、常により多くの仕事とタスクを抱えていることが分かっているからです。

組織というものは、どこまで行っても「誰かが誰かを束ねる」構造を持っています。

  • 研究室では、研究員や学生の成果を束ねるPIがいる

  • 研究センターでは、複数の教員の成果を束ねるセンター長がいる

  • さらにその上には、部局や大学全体を束ねる学長がいる

どのレベルにおいても、送り手が細部まで完全に情報を把握することは現実的には難しいのです。だからこそ、受け手として期待値コントロールをかけていく技術は、分かる段階から意識的に身につけていく必要があります

受け手の技術は、送り手の技術にもつながる

もちろん、自分が取りまとめる立場になったときには、送り手としての期待値コントロールも、できる限り行うべきです。ただし、その送り手の期待値コントロールをうまく行うためにも、まずは受け手として期待値コントロールをかける経験を積むことが重要です。受け手としての期待値コントロールを磨くことで、結果的に、送り手としての期待値コントロールの技術も身についていきます。

期待値コントロールは、生活の中でも使える技術

今回のコラムでは、期待値コントロールを「受け手」と「送り手」という文脈で整理しましたが、この考え方は、実際には日常生活のさまざまな場面で使うことができます

例えば、研究室配属を考える場面では、研究室の活動内容や研究テーマ、ミーティングや指導の頻度などを事前に示すことで、入ってくる学生の期待値と、研究室の実際の姿をできるだけ一致させることができます。これは、後から生じるミスマッチや不満を減らすためにも、とても重要です。

また、友人と飲み会に行く場合でも、あらかじめ自分が想定している価格帯を伝えておくことで、その場にかけるコストに対する期待値をそろえることができます。

このように、多くの場合、人は自分の期待が叶わないときにがっかりします。その「がっかり」を減らすためにも、期待値コントロールを一つの技術として常に持っておくことは、自分自身を助ける場面を増やしてくれると思います。