
要約
本コラムでは、「計画なき目標はただの願い事に過ぎない」という言葉を起点に、目標を実現に近づけるためには計画と振り返りが不可欠であることを述べる。
1日や1週間といった短期計画は比較的立てやすいが、研究や人生のような長期目標では、目標から逆算するバックキャストの視点が重要になる。特に研究では、「論文を書きたい」と思うだけでは願い事に過ぎず、月単位・週単位に分解した計画を立てることで、日々の行動が明確になる。
計画の本質は、計画通りに達成することではなく、うまくいかなかったときにボトルネックを特定し、改善することにある。また、振り返りを重ねることで、自身の予測能力や計画能力が高まり、プロジェクト運営や研究マネジメントにおけるリスク管理にもつながる。
さらに、目標や計画は内面に留めるのではなく、言語化し共有することで、自己成就的な効果を生み出す。目標の言語化は、未来を完全に管理するためではなく、未来に向かって自分を少しずつ動かすための有効な仕組みである。
計画なき目標は、ただの願い事に過ぎない
これは、『星の王子さま』で知られるサン=テグジュペリの有名な言葉です。ご存じの方も多いかもしれません。彼は、目標を実現するためには計画が不可欠であることを端的に述べています。しかし同時に、それはどこか厳しい言葉でもあると私は思っています。なぜなら、この言葉は「目標を持っているだけでは何も変わらない」という事実を、静かに突きつけているからです。
思い返せば、小学校のときは夏休みの宿題、高校生のときは中間試験や期末試験の勉強スケジュールなど、折に触れて私たちは「計画を立てること」を求められてきました。小槻自身は、そういった夏休みの自由研究の計画や、期末試験の計画をその通りにやったことはなく、こういった計画の重要性は当時はよくわかっていませんでした。
普段、我々は1日、もしくは1週間という単位では、計画を立てて、その計画に沿って活動することがあると思います。もししていなければ、これ自体も非常におすすめです。例えば、前日の夜に次の日の大まかな作業計画を考えることや、1週間の終わり、もしくは始まりに、次の1週間の大まかな予定や計画を考えることです。こうしたことを行うことで、自分自身が1日でどれくらい進むのか、1週間でどれくらいの作業ができるのか、周期的にどれくらいの差し込み業務が入ってくるのか、といったことがつかめるようになります。その結果、1日や1週間という単位で進める道のりに対する予測の精度が、徐々に改善していきます。
このように、1日や1週間という単位は非常にイメージしやすく、計画を立てること自体はそれほど困難ではありません。というのも、この1日~1週間という計画は、「今の状況で、次はどうするか」というFORECAST型の視点で考えやすいからです。一方で、それをより長期にするときには、目標から逆算して計画を立てるBACKCASTの視点が必要になり、考え方の転換が必要になります。
研究における視点
例えば研究においては、実際にできるかどうか分からないことを扱っているため、計画を立てること自体が無意味なのではないか、と思うことがあるかもしれません。小槻自身も、博士学生のときにはそのように考えていました。しかし、研究者としてキャリアを積む中で、研究においてもこういった計画の視点は有用である、ということが分かってきました。
まず、研究においては、1か月、3ヶ月、半年、1年といった視点で、自分なりの目標を立て、その目標に基づいて計画を立てることをおすすめします。例えば、「英語の論文を書きたい」とか、「新しい分野を勉強したい」といった気持ちを持つことはよくあります。しかし、それを思っているだけでは、それは目標ではなく、ただの願い事の状態です。3か月で論文をまとめるとしたら、1か月ごとにどういった作業をしなければならないのか。その1か月ごとの作業を完遂するためには、各週にどういったことをしなければならないのか。こうした形で目標から計画を立てることで、バックキャスト的に物事を見ることができ、目の前の1週間で行うべき作業を明確にすることができます。言うなれば、目標というのは山登りの目的地のようなものです。実際にどうやってその山を登るのか、どれくらいのスケジュールで進んでいくのかを考えるのが計画です。目標をただぼんやりと見ているだけでは、進むべき道は分かりません。こうしたバックキャストの視点で計画を立てることで、日々の行動はより明確になるはずです。
こういった計画を立てることの重要性の本質は、計画通りに完遂することではなく、計画がうまくいかなくなったときに、どこが問題だったのかという視点でフィードバックをかけられることにあります。そのため、無理なく達成できる目標や計画を立てることは、あまり重要ではありません。むしろ、多少無理をしてでも、自分を成長させるような目標を立てることが重要になるのかもしれません。
繰り返しになりますが、こういった計画を立てて、その計画に応じて振り返ることの本質は、(1) 何が問題でうまくいかなかったのか、どこに作業のボトルネックがあるのかといった問題点を洗い出すという点にあります。そして、そういった計画からの振り返りを重ねることによって、(2) 自分自身の予測能力の精度を高められる、という点も重要です。前者については、目標達成に関わるボトルネックを洗い出すことで、その部分を重点的に改善するといった形で、自分自身の能力や問題解決を図ることができます(ここでは、制約理論やボトルネック理論といった考え方が参考になると思いますが、本コラムの主眼ではないので、その話はここではあまり触れません)。
(1) の具体例として、研究室では、研究室から出る英語の論文を年間10本以上にしたいという目標を、2、3年ほど前から掲げていますが、未だその目標は達成できていません。しかし、その「10本」という目標を立てる中で、今年度はこういった研究が論文になりそうで、そこに対して力を入れよう、といった計画を立てることは、これまでも行ってきました。そこから見えてきたのは、例えば論文になりそうな結果までは持ってくることができても、その後の実験の精緻化や、論文の書き方の効率が悪く、研究室全体の生産性向上に十分寄与していない、というボトルネックの存在です。そうであれば、実験デザインをどう改善すべきか、あるいは論文執筆をより円滑にするための仕組みをどう作るか、といったことを考えることで、そのボトルネックに対応することができます。その観点で、ここ数年、研究の進め方 / 論文の読み方に関する読書・言語化・資料作成に力を入れています (行動につながる)。これは一つの例ですが、こうした目標を立て、それに基づいて計画を立て、振り返ることによって、目標実現における本質的なボトルネックを洗い出すことができます。これは、自分自身の成長にとっても非常に重要なプロセスだと思います。
また(2) の観点では、自分自身の計画に関する予測能力を高めることは、より多くの人を巻き込んで研究をする、例えば研究プロジェクトや研究室の主催者としての活動において、より有用になってきます。というのも、自分自身がプレイヤーとして自分の成果物を管理するステージは、いずれ抜ける必要があり、どこかで「人を介して研究をする」というゲームに、多かれ少なかれ移行していく必要があるからです。そういったときに、今の進め方でどのような点が問題になり得るのか、うまくいかなかったときにどのようなバックアッププランが取れるのか、バックアッププランを考えなければならないタイミングはどこなのか、といった観点で、研究室運営やプロジェクトマネジメントのリスク管理を行うことができます。研究に関する目標や計画を立てる技術が高まってくると、そういったリスク回避やボトルネック把握といった視点で物事を見るようになります。ひいては、そのような視点で書かれたプロポーザルは、査読者から見ても、より実現性の高い提案書として映るはずです。
より長期の自己実現の視点
自分自身の自己実現・人生といった話になってくると、私たちはより長期の視点を持つ必要が出てきます。そのとき、より長期の方向性を考えるうえで難しくなるのは、成長の実感や進捗の実感を感じにくくなることにあると思っています。例えば研究でも、コツコツと地道な作業の積み重ねが求められますが、その日々の作業によってどれだけ目標に近づいたのかは、あまりよく分からなかったりします。
そんなときこそ、目標をより具体的に立ててみることをおすすめします。例えば、僕自身は30歳頃から、1年ごとに計画を立てるということを繰り返してきました。これは毎年、年が明けてから行っているのですが、そうした計画を立てることで、前の年の計画がどれくらい実現されたのか、どこがうまくいかなかったのか、といった点で振り返ることができます。また、その1年間で自分自身がどのように成長したのかを、「1年の差分」として見ることで、実感することもできます。
また1年ごとに自分なりのテーマを持って活動することで、その能力を意識的に鍛えることができます。例えば、「この1年は哲学の勉強をしてみる」とか、「この1年は自分自身の経験値を増やす」といったように、大きな方向性を1年という単位で考えるのです。そうすることで、1年1年の方向性や差分、成長を、より感じられるようになると思います。
予言の自己成就
また、こういった目標や計画というものは、自分自身の中だけにとどめておくのではなく、人の目に触れる形にすることもおすすめです。そうすることで、目標そのものが自己成就的な効果をもたらすように感じています。というのも、他の人に目標を共有することで、自分自身がその目標を実現しようとする意志や計画が、より明確に言語化されるからです。また、他人はそれほど気にしていないかもしれませんが、自分自身としては、立てた目標にまったく届かないと少し恥ずかしいと感じます。その感覚が、自分を行動させる原動力にもなります (パノプティコン効果)。
僕自身も、例えば研究室を立ち上げるときに、最初の5年間で、データサイエンス、基礎、土木分野の交点で日本一の研究室になる、という目標を立てました。その目標は、ある程度達成できたように思います。また、研究室を立ち上げて2年か3年ほどしたタイミングで、研究室の成果がメディアで報道してもらえるような成果を上げる、という目標も立てました。その当時は、どういった研究でその目標に向かうのか、正直よく分かっていませんでした。しかし結果的に、新聞やテレビの取材を受けるような研究ができるようになってきました。おそらく、目標や計画を立てることによって、その願いが言語化されるという心理的な効果は非常に大きいのだと思います。その心理的なアンカーが、自分自身の日々の行動を少しずつ方向づけているのだと思います。
だからこそ、目標は心の中にしまっておくものではなく、言葉にして、計画にして、時に人に共有してみる価値があるのだと思います。目標・計画の言語化は、未来を管理するということではなく、来に向かって自分を少しずつ動かすための仕組みとして有用な手段なのだと思います。
まとめ
・願い事で終わらせてんじゃねぇ。それが目標であるなら、計画を立てよう!
・計画を立てて、振り返ろう。それによってボトルネックを洗い出すことで、我々は成長できる。
・目標・計画を言語化するという心理的効果は大きい。その心理的効果をうまく使おう
