学びの場として特徴

研究室における学生・研究員の教育について、教員として考えていることを紹介します。研究者志望の若者への言葉が多い気もしますが、卒業して社会で活躍するためにも、ほとんど同じことがいえると思っています。

研究室の全容

まずはこちらをザックリ見て頂けると、研究室の全容を掴めるかと思います。新規配属の4年生向けの資料ですが、毎年更新しています。

研究室として大事にしていること

学びの場としての特徴については、研究室として大事にしている価値観と関係してきます。

(1) 言語化する・再現性を高める

小槻自身は、いたって普通の人間です (※雑談①)。自分自身の試行錯誤の中で身に着けてきた知見は、積極的に共有していきます(※雑談②)。その際に、言語化してテンプレート化することが大事だと思っています。

・論文の書き方 --> パラグラフ・ライティングのテンプレート化 (学習教材)
・研究の始め方 --> データ同化 or 深層学習研究のテンプレ化 (学習教材)
・提案書の書き方 --> 提案書作成ステップのテンプレート化 (研究室内資料)
・研究テーマの見つけ方 --> 考え中

「テンプレート化」と聞くと嫌な感触があるかもしれません。だけど、成功の再現率を高めるためには必要だと思っています。西陣織の伝統芸能の様な「見て学べ」の研究は、時代に合わないと思っています (雑談③)。また、将来自分が教える側に回ったときに、結構大変だということが分かると思います。自分が感覚的にできてしまうことほど、その解像度を高めてプロセスを言語化するのは困難なものです。

これらのテンプレ化は、研究室を「天才じゃなくても研究成果を生み出せる」状態にするために、大事なことだと思っています。例えば目標として、修士で卒業するまでに1本英語論文を書くのが普通、という状態にしたい (2025年現在、未達成)。これを「良くできる学生は修士で英語論文書くこともあるよね」ではなく、「ちゃんと研究進めたら、そこまで行けるよね」という状態にしたい。研究成果を生み、論文化する、ということの再現性を高めたいと思っています。

テンプレートが自分に合わない場合もあると思います。その場合は、自分なりの技・スタイルを編み出していったら良いと思います。ただ、最初から自分のやり方でやりたいですってタイプは、経験上あまり上手くいかないです。守破離という言葉がありますが、大きく成長するメンバーの多くは、まずは守りから入って、そこから自分の色を出していく傾向があるように思っています。

(2) 解像度を上げる仮説思考

研究に必要な素養って、プログラムが書けるとか、英語が分かるとか、物理数学が強いとか、そういうのがすぐ思いつくと思います。小槻が見る分に、研究う進めるのが上手いメンバーは、総じて「仮説思考・論理的思考」が優れていて、こちらが本質だと思います。仮説思考が身につくと、研究の解像度が上がります。解像度が上がる、というのは、「何故、実験が上手くいかなかったのか/上手くいったのか」を突き詰めて考えられる力だと思います。

料理に例えてみます。料理をして、出来上がった料理を食べて、美味しい・美味しくない、と言っていても料理のスキルは上がりません。どの工程に原因があったのか、どの材料に原因があるのか (原因の仮説)。その原因を解決するとどのような味になるのか想像する (仮説からの演繹・予測)。そして、実際にその料理をしてみて、その予測が正しいか否かを確認する。このプロセス (仮説演繹) を繰り返せば、自然と料理は上手くなると思います。小槻は料理をしませんが、この「仮説演繹を繰り返す」は、ある物事を上達させるときに必須だと思います。

ここで、工程が解析、原因がデータだと思うと、料理が研究になります。研究が上手くいかないときは、「実験をしたけど、結果が悪かった」で止まっている場合が多いです。ここをもっと踏み込んで、なんで上手くいかなかったのか、解像度を上げる力を身に着けて欲しいと思っています。エンジニアとしても、研究者としても必須なスキルが仮説思考だと思っています。

また、仮説思考を上げるために必要なのは、仲間との議論です。自分一人の知識・思考には限界があります。小槻は研究者になって10年以上経ちますが、今でも「これは突っ込みどころのない良い研究だろう」と思って発表しても、たくさん突っ込まれます。それくらい、視野狭窄は怖いものです。「他人から突っ込まれる」というのは、自分の仮説演繹にまだまだ、成長の余地がある、ということでもあります。そのためには、自分自身の研究を、周りのメンバーと議論するのが一番です。是非、周りの研究にも興味を持って質問し、また、自分の研究の相談もしましょう。

(3) チームワーク

米国では、全米教育協会が提唱する21世紀型スキルとして、下記の4C挙げられています。4C教育の背景には、現代社会は複雑化し、変化が激しいため、その中でも生き残れるスキルは何か、と考えられた経緯があります。

・Critical thinking(批判的思考):情報を客観的に分析し、論理的に判断する能力。
・Creativity(創造性):新しいアイデアや解決策を生み出す能力。
・Collaboration(協働):他者と協力し、目標達成に向けて行動する能力。
・Communication(コミュニケーション):自分の考えを効果的に伝え、相手の意見を聞き理解する能力。

このうち、今の日本に必要なのは、Collaboration(協働)とCommunication(コミュニケーション)だと思っています。オピニオン (準備中ページ) などでも書いていますが、小槻個人は、日本人はチームワークが苦手だと思っています。その結果、属人化が色んなところで進み、スケールメリットを活かせていないのだと思います。研究を通して、このチームワークを磨いてほしいと思っています。ということで、積極的に、研究室内でチームワークが必要な研究テーマを設定していきます。

とはいえ、これは好き嫌いがあるようで、人と関わらずに、自分一人で完結する研究を好む場合は、それでもいいとは思います。

(4) アウトプット・生産を通して活きた知識を身に着ける

3年生までの勉強と、4年生からの研究の一番の違いは、「研究の正解は1つではない。たくさんある。正解を見つけるのではなく、自分のしている仮説演繹で正解に近づけていくのが研究」だという事です。ここが詰まる学生が時々見られます。

ここで必要になるのは、「3年生までに学んできた知識」を「手を動かして使える活きた知識」に変える事です。例えば、データ同化や深層学習の理論を学ぶことは、勉強としてできます。ただ、それをプログラミングで実装できるのか、というのはまた別の問題です。研究を通してやっているのは、「手を動かして、研究をアプトプットする試行錯誤を通して、知識を会得すること」が本質的だと思っています。一度のこの経験が出来れば、就職してからも、研究テーマが変わってからも、別の対y層に対しても活きた知識を身に着けていくことが出来ます。

その為に、研究室の定期的なMTG、ゼミ、学会などで発表する機会が多くあります。緊張もします。そういった場でまとまった進捗をアウトプットする中で、知識を身に着けていきましょう。

(5) 次世代のリーダー/エキスパートを育てる

「自分の得意分野が活き、苦手分野が足を引っ張らないように、それとなく誘導する」ことが大事だと思っています。例えば、「広く構造を掴む」のが得意であれば、研究所のエキスパートは向かないと思うし、「教えるより自分一人で深く理解する方が良い」というのであれば、教員よりは研究員向きでしょう。基本的に、全ての物事は両面価値で、長所でもあり短所でもあります。

ということで、多分、かなり学生/研究員の人間観察をしています (趣味でもあります)。また、自分なりの考えや意見があれば、遠慮なく言ってくれると有難いです。それを踏まえて、活躍できる方向に誘導できればと思っています。

究極的には、自分を超える研究者を輩出することが目標です。小槻自身は負けず嫌いなのと、自分ではそこそこ努力してると思っているので、簡単に超えられたいとは思いませんが。だけど将来、心から「参った」ということが出来れば、教育者としてとっても幸せな事だと思います。

(6) 熱意と努力は大事

研究者/社会人として成功したければ、そこに努力は不可欠だと思っています。偉大な研究者の多くが、「1週間で60時間の研究」を目安として掲げています。小槻の周りで尊敬する研究者は、誰しもそれくらいの努力を払っていると思います (好きでやってるから、努力では無いが)。努力は成功の十分条件ではありませんが、必要条件ではあると思います。最後は、捧げられた情熱と時間が、差を分けると思います。

また、周りの大人から見ても、頑張ってる若者は応援したくなるもんです。多くの場合、成功していく人は、自分だけの力で上がっていくというよりも、周りの人間から応援されて引き上げられていくイメージです。周りから応援される人間を目指しましょう。

体験談

実際の卒業生の声をまとめています (作成中)。

余談

余談①: 「極端な苦手が無いこと」は研究者としての大きな強み

トヨタコンポン研究所という、いろんな分野からの中堅のスーパー研究者が集まる場で交流したことがありますが、皆さん「自分はいたって普通の人間だ。いろんなことがそれなりに出来るが、特殊な能力は何もない」と言ってたのが印象的でした。小槻も同じ感覚です。

おそらく誰しも、周りに、或る分野に突き抜けた能力を持つスーパーマンを見たことがあるはずです。科学者を目指すときに、そういった尖り切った能力を持つスーパーマンへの憧れを誰しも持つかと思います。でも、そんな特殊能力なくても、ちゃんと研究者として独り立ちできる、というのが小槻の考えです。

一般論として、得意分野の能力を伸ばすより、苦手分野の能力を伸ばす方が、コスパが良いです。センター試験のイメージだと、まず、どの教科も70点取れるところまでもっていった方が良い。何故か。それは、現代の研究者はある程度はオールラウンダーであることが求められるからです。

どれだけ数学/物理が強くでも、英語、プログラミング、言語能力、書きたいという欲求、そのどれか1つでも欠けると、論文は書けません。どれだけ深い見識を持っていても、プレゼン、研究費獲得、組織運営、どれか1つでも欠けるとポジションの獲得は途端に難しくなります。

本当の天才であれば、突き抜けてほしいですし、そのためのサポートを周りがすべきだと思います。だけど、そんな天才は一握りです。現代は、普通の人間でも研究者として足跡を残せる、或る意味で恵まれた時代なのかもしれません。

余談②: 先人の苦労は、若者はしなくていい

教育者としては、普通で良かったと思っています。それは、困っていることを言語化して解釈できる可能性が高いからです。だから、若者が研究者としての成功率を高める手助けが出来るかなと思っています。

小槻自身は、あまり英語論文を書かない研究室で博士まで進んだので、研究を進める・英語論文を書くというとことで、相当苦労しました。研究室で共有している資料やテンプレートは、その汗と涙の上にあるものです。

自分と同じ苦労はしなくて良いと思っています。例えばテンプレを使って論文の発表効率が上がったとしても、そこに感謝もしなくても良いと思っています。次世代の研究者が、自分よりも前のスタートラインから研究できること、これが時代が進歩しているということです。若いメンバーが、今の小槻と同じ年齢になったときに、小槻より出来ることが多くなっていることが、小槻の責任です。教育者として、自分の上位互換を少しでも多く残していきたいと思っています。

余談③: 見て学べ

伝統芸能の見て学べ、はそれにはそれなりの理由があるとも理解しています。例えば、西陣織の場合は、なりたい若者が多すぎるので、それを篩にかけるというプロセスが必要だったと聞いたことがあります。そう聞くと、見て学べ、も納得です。