博士・研究員の方針

小槻研究室における、博士学生・博士研究員の方針について、私見も交えつつ述べていきます。

大きな方針

博士研究員は、プロの研究者です。しかし同時に、まだ教育を受ける立場、というのが国際的な認識です。小槻研究室を巣立った後に、PIとして自分自身の研究室を運営する力が持てているように、サポート・教育・応援するのが私の責務だと考えています。同様に博士学生も、世界・日本で活躍する人材に成長できるように応援したいと思っています。

具体的には、独立した研究者であるために、3点の力を身に着けて欲しいと思っています。

1. 英語で、一流国際誌に、Full Paperの論文を書く力
2. 基礎・既往研究を勉強し、研究計画を立てられる力 
3. 研究費を獲得し、自身の深めたい研究を進められる力

1. 英語で論文を書く力は、サイエンティストとして生き抜くための必須のスキルです。米国や欧州では、一般的にテニュアを取るのに、5年で10本以上の論文を通すことが求められます。つまり、1年に2本の主著論文を書くことが、博士研究員のグローバル・スタンダードです。世界のライバルは、このレベルで戦っていることを、まず認識すべきです。また、1年に1本以上の国際誌論文を書いていれば、世界中のどこに行っても職探しに困らないと思います。実際に書かないと分からないですが、有名な国際誌に論文を通すことは、とても大変です。論文執筆を通して、経験科学とは何か、仮説演繹は何か、論証とは何か、を学んでいくことになります。論文がRejectされることは、時に痛みを伴います。しかし、痛みの数だけ、人は成長できるのだとも思います。風聞で耳にする准教授・テニュア研究員クラスの人事では、「ちゃんとしたジャーナルに、自分でFull Paperを書けること」をしっかりと見られています。独立する前にこの力を身に着けないと、もう誰も教えてくれる人はいません。

2. 研究計画立案は、簡単なようで奥の深いスキルです。例えば、自分自身の研究について、1~3年の線表を引くことができるでしょうか。私は昔、「分からない事を進める研究で、線表なんて立てられないでしょ」と思っていました。しかし、線表を立てるというのは、「解きたい問題を解決するために、どんなサブ課題があるのか?そのサブ課題の連なりや、ボトルネックはどこか?ボトルネックに、代替手段はあるのか?」を考えることです。研究課題を、具体的なAction Itemに落とし込むスキルです。このスキルは、実現可能性が高いを思わせるプロポーザル執筆や、複数のプロジェクトマネジメントを行う上での土台となります。

3. 研究費の獲得能力は、プロポーザルを書いた経験に尽きます。そのため、学振や科研費への応募を強く推奨しています。また、書くためのコツがいくつかあります。研究室のメンバーには、毎年科研費前のシーズンにミーティングを行い、私が試行錯誤してきた蓄積を共有するようにしています。また、可能な限りプロポーザルは添削し、より良いものにしていきます。

色々と書いていますが、小槻自身も博士を取りたての頃には完全なひよっこでした。私のPublication Listを見て頂ければ分かりますが、学位を取得した2013年までは、良いジャーナルに論文を書けていません。2014年に理研に着任し、指導して頂いて、やっと科学を理解して論文が出始めたのが2017年です。私個人の経験から、新しい1つの分野を修めるのに3年かかります。3~5年でやっと、収穫期が始まると思っています。外部資金に頼る運営上確約はできませんが、博士研究員の方にも5年は研究室にいて、研究に没頭して欲しいと思っています。

個人的な経験では、成長の波は2度来ます。人の成長は非線形で、シグモイド関数の様に、微成長・急成長・成熟・停滞を繰り返します。ある分野で、一度シグモイド関数をクリアするのに、多分3年くらいかかります。そのあと停滞期に入り、多くの人が理解を終えたと思って去ります。その先にあるシグモイド関数を一段乗り越えられるかが、研究者の勝負だと思っています。そこまで辿り着けられれば、自分自身の研究や、周りの研究者の深さが見えるようになってくると思います。

小槻研究室の強み

地球科学分野の中で、小槻研究室ならでは強みがいくつかあると思っています。

1. 地球科学 × データサイエンス分野での最先端研究: うまく説明できませんが、一度どこかで「Taste of Science」を覚えないと、深い科学研究は難しいと思っています。最先端研究にちゃんと触れることは、この味を覚える最短経路です。「Taste of Science」は言語化が難しいですが、例えば「あなたの研究は、世界のどんな潮流の中に位置づけられて、どんなライバルがいて、そのライバルはどんな方向に向かっていて、その中であなたの研究の強みは何なのか?」といった質問に答えられることです。自分が行っている研究の、世界地図を得ることです。ライバルの顔が浮かび、彼らの興味や方向性が分かることです。「最低でもここでは、世界・日本の最先端に立っている」という自信を身に着けてほしいと思います。抽象的ですが、一度自分で高い山に登ると、他の山の高さが分かってきます。他の研究者の挑戦する課題の難しさや深さが、何となく見えてきます。多くの先人が言っていますし、私もそう思います。その世界を見て欲しいです。「あぁ、こうなってたのかぁ」となります。これは、登らないと見えない景色で、なかなか説明出ません。"You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something - your gut, destiny, life, karma, whatever." これまでの研究や勉強が、1つに繋がってくる瞬間が、きっとあります。その感動を経験できるように、応援したいです。

2. 英語論文と科研費申請: キャリアアップには欠かせません。頑張って指導しています。まだ研究室を立ち上げたばかりなので、結果で証明することができませんが、執筆時点のメンバーは、みんな意欲高く頑張っています。

3. 現象科学 と 方法科学 の両立:  両方できると、企業や官公庁などの様々なニーズに対応することができます。また、自分の研究を「現象科学」と「方法科学」の2通りのパターンで見せることができるので、論文を書く選択肢の幅が広がります。また、方法科学の考え方は仮説演繹に近く、演繹的・論理的思考を向上させます。結果、論文が書けるようになります。

4. 近くに同年代の博士研究員がいます。お隣の市井研究室ともよく合同でミーティングをしており、近くに常時、5人くらいは博士研究員がいる環境になります。研究の一番の醍醐味は、プロの研究者との議論だと思っています。研究を楽しんで欲しいです。また、博士学生を目指す学生にとっては、身近に先輩を見れることは非常にチャンスです。博士研究員のいない研究室では、博士学生は「教える側」になってしまいます。

5. 小槻研究室では、技術補佐員の方を雇用し、博士学生・研究員の方に研究に専念する環境を作れるよう、努力しています(アメリカ式である理研のチーム運営を参考にしています)。研究室によっては、博士研究員が事務補佐的な業務 (e.g. 会計処理)をすることがあると思います。研究者が研究に集中できる環境を準備することが、PIの責務でもあり、ひいては国益に資すると信じています。博士研究員はみんな優秀なので、何かを頼みたくなってしまう時が良くありますが、ぐっとこらえています。

6. 研究テーマを与えます。「自分で研究テーマを考えて、取り組みなさい」が日本式ですが、米国式で運営しています。問題を解く能力(山を登る力)と、問題を見つける能力(山を見つける力)は、全く異なります。そして、まずは高い山を登らないと、自分で山は見つけられません。それなりに世界の潮流や問題の難易度が分かっている(と思っている)ので、基本的にはきちんとFull Paperが書けるテーマを設定し、取り組んでもらいます。また、単独の研究に終わらず、研究が連なるテーマを設定します。山を見つける力は、PIになったときに試されたらいいと思います(米国式)。ただ、自分を圧倒的に超える天才を受け入れることがあれば、日本式で行くと思います。

小槻の考える博士研究員

以下は独り言です。大前提として、小槻自身もまだまだ修行の身で、もっと成長しないといけないと危機感は持っています。

多くの人は、博士時代に1つの研究を修め、それが成功体験になります。日本では、多くの研究者が、博士時代と同じ研究を博士研究員でも続けます。一方で他国の例では、博士取得後に必ず研究テーマを変えると聞きます。2つ以上の分野で研究成果を挙げないと、研究者の力として認められない、とのこと。博士研究員時代は、新しいことを学ぶ絶好のチャンスです。また、自分で行先を決めることもできるので、自分の身に着けたいスキルを主体的に学ぶことが可能です。一度、成功体験は横において、新しいことに挑戦して欲しいと思います。将来自分の研究室で内部進学の博士を出すことができても、博士を取得した後は外の世界に出るよう勧められる先生でありたいと思っています。研究室にはもちろん痛手ですが、若い時期に色んな世界に触れることが、未来を担うPIにとってのかけがえのない経験になると信じています。

博士研究員の教育にかなり力を入れている方だと思います。仕事を投げっぱなしにはしませんし、最低でも2週に1度はMTGをして、議論します。何故なら、この研究室で成長して成果を挙げて、巣立ってもらって、将来研究のパートナーになって欲しいと思っています。小槻研究室のキャッチコピーは、"A World Beyond Predictions"ですが、僕が何より、僕の想像を超える世界・真理を見たいと思っています。これは全ての学生も含めですが、小槻研を育ったメンバーが世界・日本で活躍し、10年後・20年後にコラボして、「あん時はこんな風になるなんて、まったく想像しなかったっすね」って言えたらいいなと思っています。

「1つのことを修めるに3~5年はかかる」は、おそらくIT・情報の世界から見たら遅すぎると思います。ただ、研究者が目指しているのは、Generalistではなく、Specialistです。「誰でもできることを多く」ではなく、「あなたにしかできない事」が、研究者には求められていると思います。例えば、3か月で身につくスキルがあるとして、それは自分自身のユニークネスには全く貢献しません。昔、東大のYDさんに夢で「1年で身につくことって、誰でも1年で追いつけるって意味だからね」と言われたことを、胸に刻み付けています(当時の自分のコンプレックスだったんだと思います)。何よりもまず、ユニークに、深く潜って欲しいと思っています。

昔こちらのページを見て、胸に刺さりました。「英語論文が書けない」と悩むことは多いですが、そもそも「じゃあ研究はできているのか?」まで落とし込む必要があると思います。解析と研究は、もちろん異なります。研究は、仮説演繹に基づいて行うものです。仮説を検証するためにロジックを考え、そのロジックをサポートするために実験があります。たくさんの解析をし、数多くの実験データを得て、その前で「どうやって結果をまとめようか?」と悩んでいるとすれば、それはまだ仮説演繹が身についていません(私も理研に入るまで分かりませんでした)。また、論文とは実験結果を紹介する場ではありません。より大切なのは、その実験から多くのimplicationを引き出すdiscussionです。discussionによって、新たな仮説を得ることで、知の巨人を成長させることができます。個人的には、一度科学哲学の本を読むと、この辺の考え方が分かってくると思います。戸田山和久さんの「科学哲学の冒険」がおススメです。

強みの1番の「Taste of Science」と関係する話として、「世界で進んでいる研究の中で自分のやってることを位置付けたり、新しくて意味のあることを自分で見つけたりする、そういう能力を博士研究員の時代に身に着けてください」という上司がいるそうです。個人的には、何をするか (What)ではなく、どうするか (How)を教えるのが上司の職責だと思います。私も含め、それを言語化して伝えられる人は、そんなに多くないと思います。そもそも論として、或る味を知らない人に、その味を伝えるのは非常に困難です。その状態で、「この味を知らないと!」と指導しているのが冒頭の発言で、それは無茶だろうと思います。また学生時代から上司に引き上げられて世界の最先端で戦い続けてきた人になると、「どうやったら世界と戦えるか?」ということをそもそも考えたことが無いと思います。私は、「Taste of Science」を知るためには「一緒に高い山を登る」しかないと思っています。小槻自身の知っていることを伝え、世界と戦う研究を、3年以上続けることだと思っています。私の個人的な経験から、一度高い山に登れば、自分の研究の位置づけがなんとなく見えてきます。その上で、自分のオリジナリティを出していけばいいと思います。

個人的に思うのは、日本の研究業界はロマン主義が強すぎると思います。研究業界が、若い研究者にオリジナリティを求めすぎです。野球であれば、まず基本的なバッティングができるようになってから、独自の打法を編み出せるものだと思います。研究では、まず深い研究をして、「英語の科学論文なんていくらでも書ける 」「これをやれば論文になるという確信のあるネタが複数あって、その中から選択する」といった状態になってから、自分の独自世界を創っていくものだと思います。博士を取得した時には、このことが分かっていませんでした。

参考サイト

 - 国立環境研究所・花崎直太さんのページ