ふんわり分かるけど、良く分からない大学の仕組み。時々、背景を説明することがあるので、ここに情報をまとめて行きます。

正確には、以下の制度は大学によって異なります。というのも、国立大学法人は2004年4月から法人化し、文部科学省が設置する国の行政機関から、各大学が独立した法人格をもつ「国立大学法人」となりました。 国が財政的に責任を持ちながら、自主・自立という大学の特性を活かした運営ができる新しいスタイルです。そのため、大学によって異なる制度を設けている場合があります。(大きくは変わらないが)

なお、小槻自身の経験談や環境による推測も含みます。誤りがあれば教えて下さい。

小講座制・大講座制

小講座制: 教授・助教授・助手という定員のある教員が上下関係を構成している研究室
大講座制: 学科や研究センターを大きな講座とみなし、そこに各教員がぶら下がる。教授や准教授は (時に助教も)、独立研究室を持つ。

大きな流れとして、日本では小講座制-->大講座制へ移行しつつあります。千葉大学も、大講座制で、准教授以上は独立研究室を持ちます。助教は、時と場合によるようです。小講座制の問題点は、いろいろと指摘されているので興味があれば調べてみて下さい。例えばこの記事など。小槻の理解では、米国や欧州も大講座制が多いと思います。千葉大学も大講座制です。(多分、医学部は小講座制)。

ということで、日本では大講座制への移行が進みましたが、その弊害も指摘されています。有名なものの1つに、2023年10月のNatureの記事「Japanese research is no longer world class — here’s why」があります。[Link] [日本語訳へのリンク] 。一番の問題は、サポートスタッフが圧倒的に足りないことだと思います。

小槻自身の経験に照らして、「研究室を運営する経験がまったくなかったにもかかわらず、専門家のサポートを受けず、学生たちに自身の指示を頼りに研究を進めてもらいながら、自分自身の研究目標も達成しなければいけなかった」のは、本当に大変だった。大講座制の場合、研究室を文字通りゼロから立ち上げるので、当たり前の文化、研究のスタンダードなどが全くない状況になります。これ、やらんと分からんが、ほんとにキツイ。

「いや、大変なのって、予算と学生指導だけでしょ?」って僕も思ってました。実際は、研究室って小さな会社みたいなもんで、会社の持つ役割の多くを研究室主催者 (PI) が担う必要があります(人事、経理、総務、法務、情報システム、技術、教育、営業、広報、などなどなど)。加えて、教員は漏れなく働きホーダイプラン (=裁量労働制) に加盟しており、大学からのお仕事も降ってきます。例えば、将来の建物の建て替え計画とか、組織の報告書・計画書とか。小槻研の運営が軌道に乗ったかなと実感するまで、僕は2~3年かかりました。かなり周りの教員やスタッフに恵まれたので、多くの場合はそれ以上に時間がかかると思います。

この辺踏まえた、キャリアとしてのアドバイスは、趣旨が違うのでまた別の記事にまとめます。

研究室主催者 (Principal Investigator)

研究室の主宰者、研究室代表、研究責任者とも呼ばれますが、独立した研究室を持ち、研究の実施から研究室(または研究グループ)の予算管理までを担う責任者のことです。日本でも最近、研究業界で「PI」という言葉が増えてきましたが、これです (e.g. JST・創発的研究支援制度のPI要件)。なお、ムーンショット事業など外部資金のPI (Project Investigator) とは、別の言葉であり、別の概念です。

多くのアカデミアの研究者が目指すのが、このPIです。分野や組織にもよりますが、PIが研究室から出る論文のコレスポになる場合も多く見られます。

テニュアトラック (Tenure Track)

テニュアとは、基本的に終身雇用(定年なし)が保証された教員の立場です。テニュアトラック制度は、このテニュア職に就くまでの審査期間です。審査期間は3年であったり、5年であったり、時と場合によって異なります。大きな流れとして、最初からテニュアの大学教員として雇用されることは少なくなってきているのが現状です。

テニュアトラック制度の運用は、大学や部局によってかなり異なると思います。「ダメじゃないかっだけを見る」という、ほとんどの人がテニュア審査に通過するような場合もあれば、テニュア審査に普通に落ちるような場合もあります(東北大学の様に炎上する場合もあります)。これらの運用が異なるのは、大学の法人化により各大学が異なる運営がなされているためです。「テニュア期間は年500万円の研究費を支援して、研究に集中してもらいます^^」という良い条件の大学もあれば、「テニュア期間も授業や大学の仕事してね^^その上で研究成果もちゃんと出してね^^」という厳しい条件の場合もあります。

テニュアの審査基準も、大学・部局により異なります。小槻の見聞の範囲では、論文審査の基準はこれくらいです。
・テニュア期間×2 の論文、テニュア期間×2の主著 or コレスポ論文。
・その他に、外部資金、教育能力、部局運営能力なども見られます。

このテニュアトラック期間は、メンター教員の研究室に所属して研究活動を行い、テニュア取得後に独立研究室を持つことになります。その一方で、(組織にもよるんだと思いますが)テニュアトラック期間も PI (Principal Investigator) としてみなされます。

うちの研究室の場合、2023年に岡﨑さんが着任されて、小槻研 --> 小槻・岡﨑研究室 となりました。岡﨑さんがテニュア審査に通過すると、岡﨑研究室が独立します。その一方で、岡﨑さんはPIなので、ご自身の研究責任はご自身で持たれます。この辺りがもし気になる場合は、岡﨑さんに聞いてみましょう。

合・マル合

大学に着任するまで全く知らんかった。以下、wikiからの引用。

「日本の大学院教員資格には、Dマル合、D合、D可、Mマル合、M合、M可の6種類ある。この資格審査は、大学院の新設及び文部科学省が必要と判断した改編の場合にのみ、当該大学の申請を受けて文部科学省が行うものである」 # Dは博士、Mは修士。

合だと、博士や修士学生の副指導教員になることができます。マル合だと、主指導教員になることが出来ます。これは文科省の基準であり、実際の主指導教員が誰になるかは、組織の運営によります。小槻は、京都大学の修士学生の時、(実質的な指導教員は田中賢治先生だったけど)主指導教員は小尻教授でした。

さてこの、合・マル合審査ですが、「テニュアになったから自動的にマル合^^」ではなく、これまでの教育実績や研究実績により、教育組織の審査を受けます。小槻の場合は、2019年11月に千葉大学に着任して、2019年12月はMマル合とD合、2021年7月にDマル合を取得できました。最初からDマル合を取得できなかった理由は、理研のキャリアは研究のキャリアであり、教育キャリアとしてみなされなかったため、だと思っています(推測でしか分からないが)。一方で、最初からMマル合を頂けたのは、周りの先生方が申請時に裏でサポートして下さったのだと思います。感謝しています。

何を言っているかというと、将来独立研究室を持てたとしても、イコール配属学生の主指導教員になれることは補償されない、ということです。ポスドクの時に、学生の指導補助経験を持つことは、教育経験・年数を稼ぐうえでキャリアの助けになります。

助教・特任助教・特定助教

これも大学によって異なる。個人的には、特任助教と特定助教はほとんど同じだと思っている。難しいのは、助教。

背景として、日本は全体として、「パーマネント助教」が減りつつある。これは大学の運営費交付金が毎年減り続けていることが大きな要因。人件費は固定費なので、そこをフレキシブルにしておきたいというのは、経営としては普通の発想である。ということで、日本全体として、「パーマネント助教」はなくなりつつあります。とはいえ、これまで「パーマネント助教」が担っていた大学業務 (講義や委員会など)が無くなるわけではない。なので、「パーマネントではない」けれども「運営費交付金系なので5~10年と安定度の高い」助教というポジションがあります。このポジションを「助教」と呼ぶか、「特任/特定助教」と呼ぶかは、大学によって異なるようです。

ということで、「特任助教」と呼ばれる場合、下記の2つがあり得ます。
(1) ポスドクとしての特任助教: 組織運営業務は低い、(2) よりは不安定
(2) 運営費交付金系の特任助教: 組織運営業務が多い、(1)よりは安定

どちらが魅力的に見えるかは、人によって違うと思います。個人的には、若いうちは研究に没頭できるポスドクポジションの方がおススメです。(組織運営に貢献しても、ry)

全体的に

講座運営、テニュアトラック、合・マル合審査、どれをとっても、周りの先生に助けてもらえることは非常に重要です。民主主義的な組織運営の中で決まっていくことなので、「自分はそれに値する」と言い張っても、誰も相手にしてくれません。小槻は、隣の市井先生に本当によく助けてもらいました。今の状況は市井先生のサポートなしにはあり得ません。心から感謝しています (ちゃんと恩返ししないといけないと思っています)。

大学という組織の中でキャリアアップを図っていきたい若者は、教育・研究だけではなく、「人から応援してもらえる」ように、人間関係構築も疎かにしてはいけないです。大人になると、忠告をしてくれる有難い人は殆どいません。ただただ、無言で見放されます。時には、自分の主義主張が通らないこともあります。そういう時に自分の主義を無理に通して、感情的自己満足を得るのであれば、そのコストも同時に受けることになります。