AI要約版

AIエージェントを使い始め、コードの作成からデータ取得・解析までを自律的に進める力を実感した。一方で、実験の計画や仮説、結果の妥当性を吟味する力には、まだ人の判断が必要だ。この変化は、特に若者の学び方や成長のあり方に、次の四つの課題を投げかけている。

  1. 実務を通じて学ぶ機会が減る可能性がある。
    AIは、仕事の「開始・推進・完了」のうち、推進フェーズを大きく加速させる。その結果、企業が新人に仕事を任せて育てる動機が弱まり、若者はこれまで以上に意識して経験や能力を身につける必要が出てくる。

  2. 目的・仮説・結果を、自分の言葉で把握する力が重要になる。
    AIの提案に従うだけでは、理解しないまま実験だけが進んでしまう。自分自身もそうした状況を経験した。「何のために行うのか」「何がわかったのか」「次に何をするのか」を、自分で考え、説明できることが大切である。

  3. 信用や人的ネットワークの重要性が高まる。
    AIによって、一定水準のコードや文章を作るハードルは下がる。一方で、「この人なら任せられる」という信用は、日々の活動を通じて築かれる。能力を補う道具が普及するほど、仕事を任せてもらえる社会資本が重要になると考える。

  4. 相手の状況を想像し、伝わる形にする力が求められる。
    AIが読み取ってくれる説明でも、人に伝わるとは限らない。メールやSlack、発表では、自分の考えや意図を示し、相手が理解・判断しやすい形にする。その小さな配慮の積み重ねが、信用につながっていく。

便利な道具を手に入れた今こそ、自分で思考する力と、人との信用を築く姿勢を大切にしたい。未来は予測できないが、それだけ面白い時代でもある。AIを使いこなしながら、この激動の時代を楽しみたい。

そしてエージェントAIがやってきた

8月の終盤頃に少し余裕時間ができたので、エージェントAIを使い始めた。使ってみるまでは、チャット形式のLLMと何が違うのかというのがよくわからなかったが、使い始めると、そのエージェントの強さというのがよくわかった。また、世の中でエージェントが出てきたときに、「これがLLMと違って大きく社会を変える」と言われていたことにも納得がいった。

エージェントがLLMと一番違うポイントは、PCの中でコードを書き、データを取得し、そしてそれを実行して解析をするといったことを自律的に行えることにあるように思う。また、HTMLのビューアなどを簡単に作ることができるので、研究の効率化を行うことができる。小槻自身は、これまで調べてみたかった静止衛星とライブカメラの関係や、視点がどう変化するのかといったことを調べるために使い始めて、これまでやってみたかった解析が簡単にできるようになったということで、エージェントの強さを実感している。

エージェント自体のプログラミング能力は非常に高く、一般的なポストドクや教員レベルをはるかに上回っているように思う。一方で、実験の計画、仮説思考、結果の確認、結果の吟味、方法の妥当性といった検討に関しては、博士1年の学生ぐらいといった印象である。プログラミング能力に対して、そういったメタな仮説思考能力というのはまだまだであり、その点で人が使いこなす必要があるように思う。とはいえ、高度なプログラミングを担うことができるエージェントが出てきたということは、シニアな研究者にとっては大変喜ばしい状況である。

エージェントというのは非常に便利な機械で、研究を加速させるために有益であるが、一方で、現代の若者には、自身の能力を成長させる上で、より大きな困難を課しているようにも思う。今日はそのあたりについて、最近考えたことをまとめていく。

その1: 企業からみた新人教育の必要性が薄れる

確かDeep Mindの研究者が言っていたことであるが、仕事というのは、0から10を通して見たときに、まず計画を立案し、方向性を定める0から1の「開始フェーズ」、その方向に沿って物事を進めていく1から9の「推進フェーズ」、そして最後にその開発案件を完了させる9から10の「完了フェーズ」という、3つのフェーズに分けることができる。AIはこの1-->9の推進フェーズを加速させる

これまで新人や若者は、この1から9の「推進フェーズ」を担う中で、上司の仕事の進め方を見ながら、0から1の開始する能力、9から10の完了する能力というのを鍛えていった。これは研究に置き換えると、まずデータ処理技術、プログラミング技術といったことを身につけた上で、0から1の問題発見能力や方向性を検討する能力と、研究を完了させる9から10の能力を鍛えていくといったフェーズに対応している。

検討する研究テーマを見つけるといったことであったり、何か研究を完了させるというのは、1から9の能力が身についた上で身につけられるようなスキルである。そのため、一般的に若者が身につける順番としては今も昔も変わらず、まずデータ処理・解析の技術を身につけて、その上でそれを完了させる、またはそもそも何を解くかという問題を見つけるといったことを行う必要がある。

さて、AIエージェントは、この1から9の推進フェーズの加速器である。そして、仕様さえ定義できてしまえば、この1から9というものは、人間が行うよりもエージェントが行う方がはるかに速いし、安い。これまでエンジニアを雇ってきた経費よりも、はるかに低い経費で、この1から9を担う担い手が現れたのである。実際に小槻が聞く限りでは、ITエンジニアリングにおいて、昔は外注していたタスクの多くというものは、エージェントによって置き換えられている。コードを書く人間からすると、この1から9のフェーズを担える人間を育てるよりも、エージェントを使って実施した方がはるかに速く、また確実なのである。

ポイントは、若者にとって、エージェントの登場により、自分自身が教育を受ける機会というものが失われているという状況にあることである。この推進フェーズや開始フェーズ、完了フェーズというものは、これまで以上に意識的に身につけようとしなければ身につかない。

企業から見た新人教育の必要性も薄れてくるため、今後はより転職・中途採用の文化が進んでいくと考えられる。この0から1、9から10といった一番しんどいところを担えるような人材を確保さえすれば、途中のフェーズというものはエージェントで置き換え可能だからである。そういった観点で、このエージェントAIの登場というものにより、社会における所得格差というものも大きく広がっていくように思う。言われたことをただやっている労働者というものの必要性はより薄れてくるため、計画できる人、物事を完了できる人といった人材の必要性がより高まると考えられる。

2.抽象的思考能力 (目的・仮説・結果を把握する力) が重要になる

多くの人が感じているように、LLMやエージェントの多くは多弁である。何か実験をした後に「次はこうしましょう」といった検討であったり、問題やうまくいかない理由などを滔々と語り、それに対する解決策を示してくる。

こういったAIやエージェントが出す出力というものを鵜呑みにしてしまうと、必要性のよくわからない実験を膨大にこなすことになってしまう。おそらく、トークンが余っていることで、それを消費しないともったいないという心理が働くことにも原因がある。いずれにせよ、そもそも今何をしているのか、何が疑問なのか、何がわかっていないのか、何が問題だったのかといった言語化能力、問題を抽象的に捉える思考能力がないと、AIやエージェントのただの出力変換器になってしまう。

小槻自身は、エージェントを使い始めて最初の2、3週間でそういった状況を経験した。いろんな解析の試行錯誤を同時並行で進めているのだが、一つ一つがわからないまま前に進めたりしてしまうと、結局、自分でもよくわからない実験がただ進み、その結果の解釈もどうにもならないまま次が始まるといったことが繰り返されてしまうのだ。これ自体は、自分自身が研究者の時に何度も経験したことで、特にスパコンを使った研究で膨大な数のパラメータスイープの実験を投げて、そしてその解析がまとまらないまま次に進めてしまって、結局何も身につかなかったといった経験が役に立っている。

エージェントやLLMは私たちより賢いのかもしれないが、今のところ僕の見る限り、彼らの仮説思考能力や検討能力というものはまだまだ不十分である。正しく問題の方向に進んでいくために、今行っていること、その結果、今の状況といったことを捉えるリベラルアーツや抽象的思考能力の重要性は、より高まると考えられる。

要は、何の目的で実験をしているのか。どんな仮説を持っているのか。今の状況はどうなっているのか。次のステップは何なのか。こういったことを、自分自身の言葉で語らないといけないのである。この、自分自身の言葉で語れるという状況になっていれば、結果であったりとか、次の方向性というものを確実に考えて進めることができる。一方で、AIの言葉をただ受け取って流しているだけでは、本質的な思考能力が身につかない。

3.個人資本よりも高まる社会資本の重要性

一般に、個人個人が有する資本には3つあると言われている。自分自身の技術や能力、知識といったものに相当する個人資本。自分自身の社会的信用、人的ネットワーク、組織における立場といったような社会資本。そして3番目が金融資本である。一般に人はキャリアを積む中で、まず自分自身の能力を高める個人資本、そして、そういった能力を高めた上で人的ネットワークや社会的立場を高める社会資本を獲得し、それを通して金融資本を蓄積すると言われている。

そして、エージェントAIの登場により、この個人資本というものは大幅に加速され、また、人による差異がなくなってきた。とくに、コードや文章の作成といった面では、個人の能力が大幅に補われ、人による差が縮まる部分も出てきた。相対的に重要性が高まるのが社会資本になってくる。コードや文章など、一定水準の成果物を作るハードルは下がる。その一方で、何を作るかを判断する力や、仕事を任せてもらえる信用の重要性が高まる。

エージェントの登場により、例えば問題をサーベイする力であったり、何か結果をまとめる力、レポートを書く力といった一般的なスキルというものは大幅に強化され、誰がやっても大差はなくなってくると思われる。もちろん、その中で取捨選択能力であったり、ポイントをつかむ能力というものに差はまだあると思うが、いずれにせよ、多くの人類が下駄を履いたという事実は変わらない。

一方で、AIにできないものというのは、その人としての評判であったり、人的なネットワークといった社会資本である。「あの人に頼めば間違いない」といった評価や、「あの人だったら責任感を持ってやってくれるだろう」といったような社会的資本は、一朝一夕に身につくものではなく、日々の活動の中で生まれてくる。要は、社会における人間としての信用というものになるのだと思うが、そういったスキルが今後より重要になってくるのだと思う。

これから先、AIを活かして個人で独立して個人事業主になる、会社を起こすといった人間は数多く出てくると思うが、それで社会における仕事の数というものが大きく増えたりするわけではない。つまり、いかに仕事を取れるかという話になってくるのだと思うが、そういったときに結局ものを言ってくるのは、個人や会社としての信用になってくる。これから先、今まで以上に、その社会的な信用、周りからの評価というものを高めていく意識が必要になると思う。

4.相手の状況を想像し、伝わる形にする力

AIエージェントの登場により、これまで以上に脳みそに汗をかいて思考する習慣が大事になってくる。大学院の入試であったり、研究室の普段のミーティング、プレゼンなどを見ていて、自分の頭で考えたことを相手にどう伝えるかということの大切さを、より強く感じるようになった。例えばそれは、メール一つの送り方、Slackのメッセージ一つ、そういったところにも表れる。

AIの受け取り能力が高まっているためだと思うが、僕自身が感じている懸念の一つは、人にどうすればうまく伝わるかということを、つい考えずに済ませてしまうことである。例えば、ミーティングのプレゼンであったり、Slackの投稿などに、ただ何かを貼るだけでは、相手に対して読み取りを求めることになってしまう。AIならそれでも読み取ってくれるのかもしれないが、人にはそれぞれの状況があるし、個人個人のバックグラウンドまでこちらでフォローできるわけでもない。問い合わせなどで受け取るメールでも、何を伝えたいのか、どう返事をすればよいのか迷うことがある。

この、受け手にどう見えるかを想像する力というものは、質問するとき、発表するときなどには大事になってくるし、その他にもいろんな面で重要性が出てくる。例えば、私が普段受け取るメールでも、エージェントで書いたような文章で、本人の考えや意図が見えないと、どうレスポンスすればよいか迷うことがある。また、例えば学生さんから来たお詫びのメールといったものも、文章が整っていること以上に、本人がどう受け止め、何を考えているのかが伝わるとよいと思う。

このように、AIエージェントが発達した時代においては、これまで以上に、自分自身の出すアウトプットというものが相手にどう認識されるかということに関する想像力が求められる。また、オープンクエスチョンで投稿・質問する際にも、自分の頭で考えたことを添えたり、解を絞ってクローズドクエスチョンにしたりする工夫が、より大事になってくると思う。

裏を返せば、Slackの投稿一つ、メールの一文、スライドの一枚。そういったレベルで、相手のことを考えた工夫や配慮が伝わる。そして、そういったところに対する配慮の積み重ねによって、その人の社会的信用は高まる。エージェントの登場により、しっかりと考えて行動することの価値はより顕著になったし、その重要性は今後も高まっていくだろう。

まとめ

以上、エージェントの登場により最近考えたことのまとめである。最近、このAIやエージェントの登場によりこれから社会がどうなっていくのか、最近研究者はどうなっているかといった話を、周りの研究者や先生と議論する機会も多いのだが、おおむね同じような話に落ち着くので、皆さん同じような見解を持っているのだと思う。

僕自身にとって、エージェントやAIというものは非常に便利な道具で、自分自身の研究を加速させる有益なツールになった。多くのシニアの研究者、中堅の研究者にとっては、このAIやエージェントの登場というものは非常に喜ばしいものである。

一方で、今日の話でポイントとしておきたいのは、若者にとっては時により変化の激しい状況になるということである。AIやエージェントを使いこなすだけでなく、その上にあるメタなリベラルアーツであったり、社会的資本というものが、今後はより重要になってくる。そして、そういったところに対して頭を使えるかどうかということで、これからの時代をうまく生き抜けるかどうかというのが決まってくると思う。AIが人の仕事を奪うのかといったような議論はあるが、AIは人の仕事を奪っていくと僕は思う。しかし、自分の頭で思考する力を磨いてAIを使いこなせれば、これからの時代を生きていくことはより容易である。

便利な道具を手に入れた今こそ、しっかりと自分で思考する力というものを、改めて大事にしていってほしい。そして、AIに代替されない力・資本は何なのか、改めて考えて欲しい。

これから先の時代はどうなるのか、本当にわからない。教育のあり方も、人生のあり方も、社会のあり方も大きく変わっていくだろうし、5年後の社会、10年後の世界というのは全く予測できなくなった。これからの時代における研究者の役割というのも、僕自身、予測できない。

この不確実な時代というのは、捉えようによっては非常に面白い時代であり、僕自身はこの時代に生まれ合わせたことがめちゃくちゃラッキーだと思っている。ここまで社会が変化する時代というのも、なかなか巡り合えるものではないので、せっかく一度きりの人生、この激動の時代を楽しみたいものである。