
研究室内外で、博士進学の相談を受けることが増えてきました。そもそも、「博士のあとのキャリアがよくわからない」「自分に才能があるか分からない」「どういった人が研究者の道を歩むか分からない」という声をよく聞きます。判断の材料になると思いましたので、記事にまとめます。
この記事では、博士進学という決断に関わる情報を記述します。キャリアパスについては、博士進学と研究者というキャリア [2. キャリアパス編]で紹介します。
博士進学後の出口
多くの場合、学生の立場からは、博士 → 助教 → 准教授 → 教授 しか想像できないと思います。でも実際は、私の周囲だけでもこんなルートがあります:
アカデミア
日本の大学(任期付きポスドク → テニュア)
海外ポスドク → 海外PI
研究所(理化学研究所・気象研究所・JAXA 等)
産業界の研究職やアナリスト
AI・データサイエンス企業
気象会社
コンサル
シンクタンク
- 起業
政策・プロジェクトマネジメント
- 省庁の公務員
国プロ専門研究員
研究戦略・URA系
なお、小槻研究室で進学を希望する場合は、どういったキャリアを歩みたいと思っているのか、ぼんやりとでも教えて頂きたいと思っています。目指すキャリアによって、身に着けるべき技術や、獲得すべき経験が変わってくると思うからです。例えば、大学教員を目指す場合、独立して研究できる力が重要になります。一方で、企業の研究職を視野に入れている場合、チーム連携や幅広い経験を重ねることがキャリアを助けるように思います。
他の人はどのように博士進学 & 研究者というキャリアを決めたのか
研究室の博士学生・研究者に聞いてみました。質問したのは、(a) いつ研究者というキャリアを決めたのか、(b) 決めた一番の理由は何か、という点です。また、読者を想定し、今回は日本人メンバーの声に絞っています。なお、匿名性を上げるために、いくつか情報は微修正しています。
- (a) 学部生の頃から意識し始めて、決断をしたのはM1冬頃。(b) 研究者というスタンスに惹かれた。特定の集団ではなく人類全体(ひいては地球)に貢献できることと、自由であることが気に入った
- (a) 小学生~中学生のころには、いくつかの夢のうちの有力候補としてあった。高校生の終わりごろに研究者になる方針を決め、今につながる専門分野のイメージができたのはB4~M1のころ。(b) 一番大きかったのは、父親が研究者で、幼いころから「こんないい仕事ないぞ、好きなことやってお金もらえるんだから」と言われて育ったこと。
- (a) 中高生の頃から漠然と研究者が向いていると思っていたが、本格的に決めたのは大学生の時。学部4年で研究室に配属され、初めて研究を経験した際、研究が自分に合っていると感じたから。(b) 研究そのものがとても面白かったから。また、大学生の時に出会った研究者の姿を見て、自分も研究者としてやっていけるかもしれないと感じたから。
- (a) M1の冬、就活も踏まえて決めた。(b) 研究が楽しくなったから。また、自分が社会的に善だと確信できる仕事ができること、歯車ではなく自分の名前が残る仕事ができること、考えた他の候補 (シンクタンク・国交省)と比べて、一番将来が予測できないこと、が決め手になった。
- (a) 高専時代から意識しはじめて、学部時代に決めた。(b) 何か新しいもの考える・作るのが好きだから。また、研究者を間近で見て楽しそう・かっこいいと思ったから。
- (a) 学部4年生の時に研究を始めてみて楽しいと思ったのがきっかけで、就活も少しして考えた上で修士二年の春頃に決めた。(b) 新しい知識を生み出せるのが楽しいと思ったから。また何か一つのことを深く追求することが、広く俯瞰するよりも好きだから。
- (a) 専攻科2年生(学部4年に相当)のときに決めた。研究の一環で何度かフィールドワークに行く機会があり、これがとても楽しかった。また当時のテーマがたまたま良い結果が出たのもあって、結構楽しいかも?と思い決めた。(b) 当時の指導教員が、「好きなことが仕事って天職だ」と言いながらすごく楽しそうに研究や学生の指導をされていたのが印象に残っている。これに感化され同じような道に進みたいなと思った。
- (a) 学部4年の後半で考え始めて、最終的に決めたのは学部4年の2月(先進コースの試験があったため)。(b) 学部4年の研究が楽しかったので、あと2年(就活も考えると実質もっと少ない時間)しか研究しないのはもったいないと思ったから。
- (a) M1の冬、指導教官と徹夜で飲み明かして、世の中にまだ誰もやったことのないことがいかに多くあるかを説かれ、魅力的に感じたのがきっかけ。また、この分野なら食いっぱぐれることもないと指導教員から説得もうけて、研究者という職業が将来の選択肢に急浮上した。(b) 元々人の役に立つ仕事がしたいと思っており、国家公務員か商社マンになるつもりで、研究者の道はこれっぽっちも考えてなかった。そもそも自分は天才タイプではないので、いくら研究者が人の役に立つ仕事ができるとしても、研究者は向いていないと思っていた。それでも、指導教官が説くように世の中にはだれもやったことのないことにあふれているなら、天才でなくとも研究者としてやっていけるんじゃないか、と感じ、将来の選択肢に追加した。3つの将来の選択肢がある中で、人の役に立つ、という志望動機は変わらない以上、公務員より商社マンよりも、人の役に立てる可能性がより高く、その上やりたいことを自由にできる研究者が最も良い選択肢だと理性的に判断し、研究者の道へ進んだ。もちろん、理性では研究者の道へ進むべしと思っていても、決断にはかなりの勇気が必要だった。
- (a) 修士の頃。 (b) どうせ働くなら一番楽しい仕事がいいと思って、そうすると自分にとっては研究者が一番良いと思ったので。例えば興味のあることに比較的自由に取り組める、多分会社員や官僚よりしがらみが少ない、勤務体系の自由度が高そう、など。
- (a) 学部3年の時に気象系に進むと決めた。(b) 空や海が好きで、良く知りたいと思ったから。そのためには研究者が最も良いと考えた。
- (a) 特にこれといって決めたタイミングはなかった。(b) 自由に好きなことが自己責任でできる(はず)なこと。Youtuberになりたい子と同じかもしれないと最近思う。
こういった声から、いくつか示唆を得ることができます。
① 決断の時期: 圧倒的に多いのは、B4~M2といった、「研究を実際にやってみてから決めている」。研究者のサクセスストーリーのような番組で、「小学生から研究者になりたかった」みたいな人もいるが、多くの場合は研究体験から生まれている。
② 決め手の共通項: 理由を抽出すると、共通項が多くあることが分かる。1. 研究の楽しさ、2. 自由と自己責任、3. 意味と貢献、4. ロールモデル、5. 未踏領域の魅力
③ 安定・収入・社会的ステータス・キャリアパスの合理性といった理由は皆無: 悩むこともあるが、こういった点に比較的重きを置いていない人が博士課程進学を進む傾向にあるようです。
④ 指導教員の影響: 多くの例で、指導教員の影響を受けている。これは、博士進学は制度ではなく人で決まることを示唆しているようにも思う。
ということで、もし博士進学を迷うことがあれば、
・研究を「楽しい」と感じているか
・ある程度の不確実性を許容できるか
・自由と同時に自己責任を引き受けられる
といった点が判断のポイントになるかと思います。 一方で、安定・収入の見通しが最重要な場合は、敬遠したほうが良いでしょう。
研究者というキャリアにリスクはないのか?
リスクはあります。特に一番のリスクと考えられているのは、安定に関する点です。
安定に関する点
アカデミアのポストを目指す場合、いわゆる任期のないパーマネントポジションを獲得できるのは、多くの場合35歳から45歳の間になるのではないかという気がします。このあたりは、具体的に文部科学省などが資料を出しているので、統計データに基づいて判断するとよいかと思います。 こういったパーマネントポジションを獲得するまで、一般にはポスドク、特任研究員、特任助教といった形で任期付きの研究ポストを増えることになります。 これらのポストは、任期のないポジションを約束しているわけではないので、その分当然のことながら不安定になります。また、パーマネントポジションを獲得するためには、研究成果、つまり論文を書いていく必要があります。博士を取得した後に、研究者や企業の研究者として就職を目指している場合は、このリスクはそれほど高くないかもしれません。
とはいえ、先行きが不透明なこの時代に、安定した企業があるかと言われると、それもよくわからないと思っています。銀行や鉄道などといった社会的なインフラは同じような形で続く気がしますが、例えば、IT会社などが10年後、20年後に同じような形で続いているかは、誰にもわからないと思います。 仮に就職活動でパーマネントポジションを獲得できたとしても、その会社でのみ通じる技能を高めてしまうと、市場価値は失われ、職を失った場合のリスクが大きいです。 なので、企業に就職するにしても、今後は自分自身のキャリアを安定化させるためには、ある程度の期間で職を変えていくことで自分自身のマーケットバリューを高めるといった、フットワークを軽くする (アメリカのような) 動き方が、今後のスタンダードになってくるのではと思っています。これは小槻なりの社会の見方ですが、現代社会において「絶対的な安定」はどこにもないのではないでしょうか。
そういった意味では、博士課程で学ぶことは、「問題設定能力、仮説構築、論文執筆、交渉・ネットワーキング、プレゼン、研究設計」といった、職業を超えたリベラルアーツだと思います (また小槻は、科学技術だけではなく、そういったリベラルアーツを学んでほしいと思っています)。学生からみると、「専門が狭い=潰しがきかない」と思いがちですが、実際は逆で、「抽象度の高い問題解決能力」を獲得するのが博士なのだと思います。それが、海外では博士課程人材が重宝される理由です。
収入に関する点
これは、特に若い間は就職した人には負けると思います。これは、自由・自己責任の代償ではないかと思います。
アカデミアの研究者としての一般的収入のカーブを描くと、一般就職のそれよりは差が出るのは事実です。これも具体的な所得の目安というものは、文部科学省などの統計に出ているので、調べてみると良いかと思います。ただ、繰り返しですが、これは自分自身の裁量が大きいこと、また、自分自身の名前を残して仕事できることのある種、代償ではないかと思います。 企業で仕事をする場合、自分自身の名前が残る仕事をできることは稀で、組織の大きな目的の一部として働いていくことになるかと思います。 もちろん、そういった生き方も大変素敵ですが、自分自身の裁量が出てくるのは40歳前後に自分の部下や課といったものを手に入れてからだと思います。一方で研究者は、若い時から自分自身の裁量が大きく、また、論文や特許といった著作物に自分自身の名前を残すことができます。 これが研究者としての魅力的なポイントではないかと思います。
定量的には調べたことがないですが、意外と見落としなのが、役職定年です。企業に技術職で就職する場合、55歳〜60歳前後で役職定年 (会社や組織で一定の年齢に達したときに、管理職などの役職から外れる制度) を迎える場合が多く、そこで給料が大きく下がります (2~4割?)。実際、役職定年の後に転職先を探す方も多いようです。大学教員の場合、執筆時点では65歳の定年まで、基本的には収入は増えていきます。また、研究者として実績・見識を深められた場合は、定年後も顧問などの形で仕事を続けられる場合が多いです。そう思うと、人生トータルで考えると、寧ろアカデミアの方が収入は高いのかもしれません。
大学教員の収入は、各種統計が出ていますので、調べると簡単に見つかります。教授だと900~1,100万円、准教授だと700~800万円、助教だと500~600万円くらいが一般的だと思います。最も、役職がほぼ年齢に比例するので、役職だけで決まっているわけではないです。基本的には国立大学の給与体系は公務員のようになっていて、物価高に対応する給与UPは、人事院勧告で決まってきます。
Q & A
Q: ぶっちゃけ、良い大学で博士を取った方が有利じゃありませんか?
- A: 長期的な研究者人生においては、出身大学の影響は極めて小さいと言ってよいと思います。ただし、初期のポスト応募など、相手が自分を全く知らない状況では、大学名がファーストスクリーニングに使われる可能性はあります。
- まず、少なくとも普段アカデミアの生活で、「どの大学で博士を取ったのか」を気にする機会は皆無に近いです。例えば、小槻も研究費審査や教員応募者の評価を行いますが、「被評価者がどこで博士を取ったか」ということを気にしたことは全くありません。 ゼロです。というのは、研究者は博士を取ってから、組織を変えてキャリアを歩むのが一般的で、博士を取得した場所は、あまり本質的に重要ではないからです。 また、研究者個人としての実績・技術・知見ということを評価するので、出身の大学はキャリアにほぼ影響ないと思って良いと思います。
- 箔がつくというのはゼロではない気もしますが、それは見ず知らずの大学や海外のポストに研究員として応募する場合などが考えられます。 そういった場合は、相手が全く自分自身のことや指導教員を知らない場合、 まず大学ランキングなどという面で候補者を見ると思いますので、そういった場合にいい大学で博士を取っていることで良いポストにポストを取れるという可能性があるかもしれません。 ただ、あくまでもそれはファーストスクリーニングとして使う情報であり、実際にポストとして採用を決める場合には、本人への面談や研究実績、指導教員などのヒアリングを行いますので、 ある程度のスクリーニングには情報は使われるかもしれませんが、大学の影響はほぼないかと思います。
- どちらかというと、どこで博士を取ったかよりも、「どの先生に学んだか」という点が重要になってくると思います。というのも、優秀な研究者は、物事の考え方・研究の進め方といった哲学に関わる指導もおこない、影響を与えます。 一般に、良い研究者は良い弟子を育てると考えられており、良い師匠のもとで学んだ研究者や博士課程学生は、良い技術や物事の考え方を習得した上で、市場に出てくると考えられるからだと思います。「あの先生のところで博士を取ったのであれば、きっと大丈夫だろう」という評価を教員が業界から得ていれば、その卒業生のキャリアにとってもプラスだと思います (そういった意味で、小槻自身の責任は重い、、、!)
Q: 最終的に行く先がなくなり、そもそも職を得ることすら難しいといった状況になる可能性はないのでしょうか?
- A: 分野によって事情は異なりますが、私たちの分野(気象・防災・データサイエンス周辺)では、そのような状況に陥る可能性は低いと考えてよいと思います。
- まず、博士号取得後には博士研究員(ポスドク)という任期付きポストがあります。これらのポストを順に経験していくこと自体は、私たちの分野ではそれほど難しくありません。
- 「私たちの分野では」と限定しているのは、これは分野依存であるという点です。大きくは「博士号取得者の数」と「博士研究員を求めるニーズ」のバランスによって決まります。
- 純粋数学や純粋物理など、いわゆるピュアサイエンス分野では博士志望者が多い傾向があります。小・中・高校生の時に数学・天文学・物理学といった分野の研究者 (天才) に憧れた人も多いと思います。
- 一方で、博士研究員のポストは、必ずしも学問的な人気だけで決まるわけではなく、社会的ニーズに基づいて設置されることが多いのが実情です。例えば、防災、気象災害、気候変動、AI、情報科学といった分野は、国としての重要課題です。文部科学省、環境省、国土交通省、経済産業省などが関わるプロジェクトも多く、博士人材の需要は継続的にあります。特に、気象×防災×データサイエンスのような境界領域で専門性を持っている場合、需要と供給のバランスから見ても、博士研究員ポストを継続していくことは比較的現実的だと思っています。
- 研究者のポスト捜しで多く使われるのは、JREC-INというサイトです。例えば、「気象」「データ同化」「AI」といったキーワードで調べてみると、どういったポストが空いているか調べることができます。また、どういった分野にポストが多いかも、比較として調べることができます。
Q: それでも苦労するケースはあるんじゃないですか?
- A: あります。ただし、多くの場合それは研究能力そのものよりも「姿勢」の問題であることが多いと感じています。
- 研究者を目指す人の中には、「自分のやりたい研究をすることが仕事だ」と考える人がいます。しかし、博士研究員という立場は、基本的には組織に雇用される立場です。プロジェクトや大学・研究所のミッションを遂行する責任がまずあります。与えられた職責を全うせず、自分の興味だけを優先し続ければ、次のポストを探す際に苦労する可能性があります。具体的には、博士研究員として雇用されていてもプロジェクトの研究を遂行せず、自分の博士課程研究のテーマをメインに進めることで、評判を落としてしまうことがあります。これは研究者特有の問題ではなく、一般企業でも同様です。
- また、研究業界は非常に狭い世界です。誰がどこでどのような仕事をしているかは、想像以上に共有されています。そのため、協調して仕事を進められるか、コミュニケーションが取れるか、 責任を果たしているか、といった点は非常に重要です。評判は良くも悪くも広がります。
- まとめると、私たちの研究室に進学した場合、仕事が全くなくなり、生活が困難になるような事態に陥る可能性は、需要・供給の観点では低いと考えてよいと思います。ただし、研究者であっても社会人である以上、協調性・責任感・信頼は重要になってきます。
- 研究コミュニティは狭い世界であれ、真摯に努力し、誠実に仕事をしていれば、誰かがどこかで見てくれている世界でもあります。多くの場合、きちんと頑張っていれば、助けてくれる人、応援してくれる人が現れます。そのためにも、人に信頼される姿勢を持っていれば、過度に不安になる必要はないと思います。
Q: でも、この辺の記述、小槻先生の生存性バイアスですよね?
- A: はい。私は現在、大学に所属し、研究費を獲得し、学生を指導する立場にあります。つまり「研究者として生き残った側」です。その立場から語っている以上、ある種の生存性バイアスに浸かった意見となることは避けられないと思います。
- ただし、いくつか補足があります。まず、博士課程・研究員時代に一緒に研究した私の周囲には、アカデミアでテニュアを獲得できなかった人もいます。しかしその多くは、企業研究職、データサイエンス職、官公庁などに進み、専門性を活かして活躍しています。「研究者としてのポストを得られなかった=キャリアとして失敗した」わけではありません。
- もちろん、誰にでも同じ結果が保証されるわけではありません。努力、専門分野、時代背景、人的ネットワークなど、多くの要因が影響します。その意味で、私は「楽観的に安心してください」と言っているのではありません。むしろ、JREC-INなどで実際の公募状況を見ること自分がどの分野で価値を出せるのかを考えること、といった、現実的な視点を持つことを勧めたいと思っています。私の意見も、その判断材料の一つにすぎない、という前提で読んでいただきたいと思います。最終的に博士進学を決めるか否かは、あくまでも自分自身です。また、自分で決めないと後悔します。
- 私なりに見ていて興味深いと思うのは、コップに半分注がれた水をみて、「半分しかない」とみるか、「半分も残っている」と見るかは人によって違うということです。例えば、「ポスドク」というポジションは、確かに「不安定」です。一方で、同じポジションを、「新しい分野に取り組み、また人脈を広げ、自分のキャリアを広げるチャンス」と見ている人もいます。これはどちらも、ポスドクという職に対する、別の側面を捉えています。そして、「チャンス」として捉えて新しい活動に取り組む若者が伸びていく傾向があります。
- 小槻自身は、「不安もあるっちゃあるけど、結局今できることは、今の目の前の研究に集中して成果をあげることだけ」だと思っていたので、ポスドク時代にもJREC-INを開いて職を探すということはありませんでした。
他に質問あれば、適宜反映させていきます。
まとめ
博士進学・研究者というキャリアにリスク (安定の不確実性、収入面の差、競争) はあります。しかし同時に、若い時から自分の裁量で仕事ができること、自分の名前を残せること、まだ誰もやっていない問いに挑戦できること、なにより楽しい研究を仕事に出来ること、といった魅力もあります。
最終的には、「安定」と「自由」のどちらをより重視するか、自分が何にワクワクするか、という価値観の問題なのだと思います。博士進学は、職業の選択というより、「生き方の選択」に近いのかもしれません。
私自身は研究者という人生を選んで本当に良かったと思いますが、一番の理由は何より楽しいからです。 自分自身でコーディングを書くこと、新しい問題を探すこと、ネットワーキングすること、論文を書くこと、議論をすること、学生の成長を見ること、といったことは、どれもとても素敵な体験です。 また、研究業界は基本的に実力で評価される世界です。厳しい側面もありますが、成果が正当に評価されるという意味で、私はとても健全だと思います。 様々な大学や研究所に優秀な人がいて、それぞれ専門性を持っています。また、自分を遥かに超える才能を持った超人・天才にたくさん出会います。そういった研究者に学び、もっと成長したいと思わせられるような人が周りにいることが、研究者としての人生を歩む醍醐味の一つだと思います。 また、職業の属性上、ほとんど意地悪な人がいません。基本的にはみんな研究を楽しんでいて、前向きな人が多いです。 そういったオープンマインドな人が多い状況で仕事できるというのも、研究者としての楽しみの一つだと思います。
