背景

博士を取ってから、他の大学やお世話になった先生から、「大学で非常勤講師」をやらないか?というお誘いを受けることがあります。

個人的には、非常勤講師の引き受けには反対しています。また、研究室の研究員の応募に際して、「非常勤講師を続けても良いですか?」と聞かれた場合は、基本的にはお断りしています。いくつか理由を書いていきます。なお、この記事で想定しているのは、「ある大学で、一期15コマの授業を担当する」といった形の非常勤講師です。

その一方で、大学・研究機関から、研究者としての知見を乞われて依頼を受ける形の非常勤講師もあります (CEReSの客員研究員など)。こちらは、光栄なオファーとなるので、是非引き受けると良いかと思います。

反対する理由

雇用主の視点から

そもそも1回の授業は、準備とても大変です。特に初めての場合は。大体、90分の授業をするのに、丸3日はかかると思います。当日も入れると、4日分です。15回授業すると、60日分くらいはそこに時間を割くことになります。1年間の勤務日が260日くらいなので、雇用主が雇用主のメリットにならない分の給与を約20~30%払わないといけないのは、けっこうな負担です。

研究員の人件費がどこから来ているかというと、外部資金です。PIにならないと分かりませんが、研究員1名の人件費を獲得するのは、困難です。研究員の給与以外にも、社会保障費も含めた研究費が必要です。科研費であれば、基盤A以上が必要です。当然、難易度が高い研究費は、その分、研究成果が出たか厳しく見られます。PIは、研究費に対して、研究成果を出す義務と責任があります。その立場からいうと、「非常勤講師を引き受けたいです」と言われてもYESとは言えません。

また別の話として、雇用主とはべつの他機関から給与が発生する場合、当然その給与が発生する時間は、千葉大学の業務ではありません。一般的に、その日は有給を取る必要があります。 

若手研究者のキャリアの視点から

個人的にはその時間は研究に時間を割いた方が良いと思います。私の周りでも他大学の非常勤講師をしている研究者は周りにいましたが、やはり論文の出は悪かったと思ってます。というか、逆に論文を書ける研究者は、自分の時間の割き方をちゃんと考えてたんだと思います。

僕の好きな言葉に「最善の敵は善」という言葉があります。世の中、した方が良い事なんて山ほどあります。でも、多くの「した方が行こと」は、「今、絶対にしないといけないこと」の敵です。時間を奪われるから。特に苦手なことであればあるほど、逃げてはいけないです。

もし、「研究者として大学のポストを獲得したい」と思っているのであれば、非常勤講師をするより、研究を進めて、英語のFull Paperを書いた方がよっぽど有益です。サイエンティストとして生き残るのであれば、英語論文を生産する時間が何よりも大切なのではないかと、個人的には思います。 

僕はポジションを取るには、非常勤講師とか関係なくて、研究成果しかないと思っています。僕は大学で教員人事にも関わりますが、非常勤講師の履歴なんて見ません。それよりも、筆頭著者として、Full Paperをちゃんと書ける実力があるかの方が遥かに大事です。逆に、英語のFull Paperをコンスタントに書けていない場合は、評価は下がります。授業や雑用など、大学には研究をしなくても自分を肯定できる甘い言い訳が溢れています。時間のある若手研究者としてFull Paperを書けない人が、大学教員になって書けるようになるとは思えません。

でも許してくれる先生もいますよね?

確かにいます。よく理由は分かりません。あまり、研究員の成果、つまり論文や科学者としての成長ににコミットしていないんじゃないでしょうか?放置系の先生ほど、OKしそうな気がします。 

なんで小槻さんはそんなに反対なんですか?

非常勤講師に追われて成果を出せていない研究者を、たくさん知っているからです。

パーマネントポジションを得られないまま年を重ねると、特任助教/特任研究員である限り、非常勤講師は続けざるを得ません。特任助教/特任研究員はポストが約束されないので、(ほぼ確実に収入のある)非常勤講師のポストは手放せないからです。生活のために、そういった判断をすることは理解できます。特に家族がいると、生活のために仕事をしないといけないです。

その一方で、雇用する側からすると、年齢が高い (給与の高い) 研究者を雇用するモチベーションが、非常勤講師に時間を割かれることから更に減ります。それでも優秀であれば雇用しますが、そういう人は基本的にポジションを取ってしまっているので、そんな応募は見かけません。結局、非常勤講師をしたいと言われても断ることになります。

結局、若手研究者が一番恐れないといけないのは、下記のフィードバック・ループだと思います。

非常勤講師 --> 研究時間が減る --> 研究成果が出ない --> 非常勤講師を続けざるを得ない --> 繰り返しで時間が流れる

引き受けても良いかもしれないケース

私立大学などの教員をキャリアとして目指すのであれば、非常勤講師をして教育実績を稼ぐ、というのも有りかもしれません。確かに、私立大学ではサービスとして質の良い教育・授業を提供する必要があるので、授業の能力はしっかり見られると思います。

なので教育者を目指しているのであれば、非常勤講師という選択肢はあり得ると思います。ただ、私達の研究センターは研究機関であり、若手科学者を育てて分野を発展させるのがミッションです。また、小槻自身も、科学成果を挙げられる研究室にしたいと思っています。

非常勤講師などの経験を重ねて、教育者としてのポストを目指したいとすれば、小槻研究室は来るべき場所ではありません。

じゃあどうすれば良いですか?

年間、1~5回くらいの授業から始めたらいいと思います。千葉大学でも出来ると思うので、希望があればお知らせください。1回授業をすると、自分がどれだけ分かっていないか、教えるのがどれだけ大変か、どれだけ準備が必要か、よく分かります。

小槻自身は、理研の研究員時代に、京大のデータ同化の授業を、年数回担当させてもらいました。それでも、準備はめちゃくちゃ大変でした。1回カルマンフィルタの授業をするのに、1週間くらい勉強した記憶があります。